いい人ほどモテないのは当たり前

いい人と言われる男ほどモテないのはなぜか、それは誰に対しても優しくていい人だから。好きな人よりも周りの人に気を遣ってしまう。それも少しくらいならまだしも、いい人は気を遣いすぎる嫌いすらある。これでは「僕ぁ君よりも世間体や周りの人との関係を大事にしているんですよ」と言っているようなものだ。

逆にある意味、いやなヤツは自分の彼女に対してだけは確実に優しい。周りに変に気を遣ったりしないのです。彼女だけを見ているし、彼女のことを第一に考えている(いい人も本当はそうしたいし、そう考えてはいるがそれを行動や態度で示せないことが多い)。これはすなわち、その子にとっては非常にいい人だということ。そのギャップにやられる面もあるでしょう。

つまり、いいヤツとやなヤツは真逆のことをやっている。いい人は、いい人でいるべき相手を間違っているのだ。女にとってどちらが男らしく映り、どちらが嬉しいかって話である。

可愛い子を孕ませたりするのは、ろくでもないような奴と相場が決まっているものですが(更にすぐに別れたりする)、むしろ男ならそれくらい図々しくなきゃ駄目なのだ。そのくらい軽いフットワークが必要で、女の子としても、あれこれ考えず、素直にそのように行動に移してくれることが一番嬉しいのです。

真面目ないい人は、真面目であるがゆえにその子の人生を変えてしまうのではないか……、などとやけに重く考えすぎる節がある。そうして行動するのを躊躇したあげく、失敗するわけですが、そうして失敗することでも結局その子の人生は変わってしまうのだ。だから出会った以上、好きになった以上、男らしく行くしか選択肢はないのである。仮に両想いなら、相手にとっていい人でもなんでもなく、最悪な人でしかなくなるのだから。

また、真面目ないい人は、お人好しであるがゆえになんでも他の人に譲ってしまう癖のようなものがある。気に入った相手と仲良くしようとしても、既に仲の良い人に悪いかな、なんてことを考えて遠慮するのがその典型である。好きな子に対してもそうで、大事な場面でなぜか周りの人に気を遣ったあげく、赤の他人のどうでもいい男に取られる、そうして後で落ち込んでいるものだ。

いい人は、こうして幸せさえも譲ってしまうのでやっと訪れた幸せになれるチャンスまで逃してしまう。幸せを逃してまでいい人になってどうする、まずは自分自身が幸せにならないと(その余裕ができて初めて普通の人は本当の意味で他の人にも優しくなれるものである)。この世は弱肉強食なのだからチャンスが訪れたら必ずモノにしなければならないのです。それを逃すことで私のように嫌な人間になってしまうかもしれませんからね。

コメット君のワンポイントアドバイス。

この手のタイプの人は、恋愛よりも結婚向きな気がしますが、真面目ないい人だからこそ、同じように優しくていい子を引き寄せることもあります。真面目ないい人だから駄目というわけではなくて、いつでも常にいい人であり続けてはいけない、ということです。

ここぞという時は、周りにいい人であることをやめる勇気が必要なのです。

そうした男らしい行動こそがギャップを生むのです。真面目ないい人でもギャップを生じさせることができるんですね。しかもこれはなかなか強力なものですよ。女の子は真面目ないい人が男になるところを見たいとどこかで期待しているのです。男だって、女らしい仕草や女になる姿にドキッとしますよね?それと似たようなことです。